ハイブランド買取物語2 シャネルのマトラッセ 小林由紀の場合
銀座は私の庭
8センチのヒールにワイドパンツとタートルネックを着こなす小林由紀(仮名)は、銀座の街を颯爽と歩いていた。大ぶりのピアスが時折、耳元でしゃらりと鳴る。
小林は銀座が好きだ。洗練された自分にぴったりだと思っている。
気分転換にもなるし、新作バッグをチェックできるし、何年経っても銀座が大好き!
そうして今日も洗練された街に繰り出し、自分にぴったりな休日を過ごしている。
今日の予定は能楽堂で能を鑑賞し、フルーツパーラーでパフェを食べ、そしてある店に行くこと。
今日は最後の用事のために、友人にも声をかけずにひとりでやってきた。
予定どおり能楽を鑑賞し、フルーツのたっぷり乗った大きなパフェを頬張り、そしてお店の前に到着した。
手にしたショッパーには、シャネルのマトラッセが入っている。
小林はショッパーに目を遣り、中のバッグに想いを馳せた。
人生の帰路を決定づけたハイブラバッグ
小林は学生の頃からハイブラのバッグが大好きだった。
日本にないデザインだし、とっても可愛いから!持ってるだけで気分が上がるでしょ?
承認欲求?そういう人もいるけどね、私は自分のために買ってるの。他人からの評価なんてどうでもいいの。自分が可愛いと思うもので埋め尽くしたいの!
可愛いものに目がない小林は、高校生の頃からアルバイトでお金を貯めては少しずつブランドバッグを買い漁った。
けれどハイブランドのバッグを何個も買うのは難しい。そこで小林は考えた。
給料の高い会社に入ろう。そのために良い大学に入ろう。だから今から勉強しなきゃ!と。
両親は呆れつつも、子どもが勉強しようというのを止めたりはしなかった。
努力の甲斐あって、良い大学に進学し、第一志望の会社に入社できた。
そして初任給で買ったのが、今ショッパーに入っているシャネルのマトラッセだ。
「あんまり使ってあげられなくてごめんね」
ショッパーの上からマトラッセを撫でた。
小林はシャネルが好きだった。だが買ったマトラッセを使うことはほとんどなかった。
大好きなバッグに囲まれるために入社した会社だったが、多忙を極めたため出かける頻度が激減してしまったのだ。お出かけ用のマトラッセの出番は数回ほどしか巡って来なかった。
ようやく休日を休日として使えるようになったのは入社から5年ほど経った頃だ。
その頃には小林の年齢もファッションも変化を遂げていた。
持っているマトラッセはやや若い世代向けのデザインに見えた。何より食指が動かない。
小林は新作のマトラッセを買い直した。
それから月日は流れ、小林はいくつものバッグを買い、高校生の時に夢見たハイブランドのバッグに囲まれる生活を手に入れた。
通勤用バッグにはルイ・ヴィトンのネヴァーフル、デートにはケイトスペードのハンドバッグ、友達と遊ぶ日にはコーチのミニバッグ…。
大好きなバッグと過ごすうちに、クローゼットの奥にしまい込んだままのマトラッセのことなど忘れてしまっていた。
手放すしかない…でも捨てるにはもったいない
思い出したのは転勤を言い渡された時だ。
なんでも、工場の初稼働に立ち会い、その様子を報告してほしいとのことだった。
半年ほどの異動になるだろうと上司から宣告されたため、一度引っ越そうと思い立ったのだ。
荷物の整理をしていた際に奥底からマトラッセが出てきた。
さすがにデザインが若すぎてもう持てないと悟り、捨てようかとも思った。けれどもあまり使っていないため、とても綺麗なのだ。捨てるには惜しい。
考えた結果、ハイブランド買取専門店の査定に出すことにした。
フリマアプリでは、いつ売れるかわからない。引っ越しを控えた小林に悠長に待っている時間はなかった。
時短と店舗選びになるかと思い、LINE査定を使ってみることにした。
マトラッセの画像を数枚撮影する。外側だけでなくバッグの中まで丁寧に撮った。
画像が少ないと正確な査定額が出せないだろうと思ったからだ。
いくつかの店舗に同じ画像で査定を依頼し、最も現実的かつ高値をつけた店に売ることにした。
宅配で買い取ってもらうことも検討したが、自分がよく行く銀座に店舗があると知り、直接持ち込むことに決めた。
今、その店の前に佇んでいる。
思ったよりも簡単に売れた!
小林は少し緊張した。
こんな店に来るのは初めてだ。
けれど大丈夫。だって納得しなければ売らなくていいって書いてあったもの。
唾を飲み込みドアを開けた。
白を基調としたシンプルで明るい店内に、小林は少しホッとした。
中に入ると店員が声をかけてくる。誘導されるままに個室に移動し、ショッパーからマトラッセを取り出した。LINE査定の画面も見せる。
店員は鑑定士だったらしく、マトラッセをつぶさに観察し、LINE査定とほぼ同額の値段を示した。
LINEでの査定結果は絶対ではないと知っていたが、なぜ少しだけ下がったのか疑問に感じた。
「値段が若干下がった理由はなんですか?」
「ここに傷があるためです」
示された箇所はたしかに画像に写っていなかった。
納得した小林は査定額で売却することにした。
若干下がったとはいえ、20年前のマトラッセがこんなに高く売れるなんて、と内心嬉しさが溢れていた。もっと早く売ればもっと高く売れたかもしれない。
新しいバッグを選びに行こう!
もうちょっと使ってあげたかったな。
でも、しょうがないね。私が持っていても使わないし。新しいご主人様にいっぱい使ってもらってね!
小林は今も綺麗な姿のままのマトラッセを一瞥し、さっと席を立つと外へ出た。
受け取った現金を元手に最新作のバッグを買おう。
今度買うバッグはたくさん使ってあげたい。
どこかに行こうかな。街をぶらぶらするだけでも楽しいけど、有給を取って旅行に行くのもいいかもしれない。そういえば北海道に行きたかったんだっけ。よし、思い立ったが吉日!それじゃあ今から、北海道に連れて行くバッグを選びに行こう!